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ファティマ第三の予言とは?その真実と3つの驚愕すぎる予言を大胆公開!

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ファティマ第三の予言とは?その真実と3つの驚愕すぎる予言を大胆公開!
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あなたは、ファティマ第三の予言とその真実をご存じだろうか?

一つの時代が終わろうとしている時や、災害が続く不安な世の中だと、人はこの先を案ずるものです。

もし、この先不安が残る未来にも何か大きな悲劇が待ち受けているのなら、知りたいと誰しも思うでしょう。

例えば過去に特殊な能力を持ち、その未来を予言していたとする人物が居たとするなら、あなたはその予言を知りたくないですか?

今回の記事では、予言から100年を迎えても公開されない謎の予言ファティマ第三の予言についてその真実を検証していきたいと思います。

ファティマ第三の予言とは?

今から、ちょうど100年余り昔のお話しですが、1916年の春にポルトガルのファティマという小さな田舎の村で起きた出来事が、このお話しの始まりです。

ファティマという小さな村に住んでいた、

  • 女の子のルシア(当時10歳)
  • 男の子のフランシスコ(当時9歳)
  • 女の子ジャシンタ(当時7歳)

の3人の子どもの前に平和の天使と名乗る14-15歳位の若者が現れて、祈りの言葉と祈り方を教えたのです。

すると今度は子供たちの目の前に、聖母マリアと名乗る美しい貴婦人が現れました。

美しい貴婦人は1917年5月13日以降、毎月同じこの場所に来るように言ったのです。

子供たちはその言いつけを守り、どんな方法を使っても、困難を極めても聖母マリアに会い続けメッセージを託されていきました。

メッセージには、大きく分けると3つの重大な予言があり、「ファティマの聖母」と呼ばれています。

予言した3つの内、第一の予言と第二の予言は既に現在公開されているのですが・・・

第三の予言については、聖母マリアがルシアに1960年になったら公開してもよいとしたのに対し、1960年を過ぎてもどういうわけか、誰もその真実を公開しようとはしていないのです。

そもそも、子供たちと聖母マリアとの間でこの話は秘密よって事だったのに、ジャシンタが自分のお母さんに話してしまった事から、村中に噂が広まったらしいのよね。

レベッカ

聖母マリアが重大な3つの予言をした7月13日には5,000人もの群衆が集まったんだよ!

バケオ

聖母マリアは、時期が来るまで他の人には言ってはならないとしたその予言。

では、その予言が一体どういうものだったのか、一つ一つ見ていきましょう。

著者

第一の予言

第一の予言は死後の地獄の実在を表すと言われています。

人々は肉欲や傲慢など様々な煩悩と現世的な罪にまみれることによって、死後、永遠に地獄に行くと言い、3人の子供たちに地獄とはどういうものかという事を見せたのでした。

子供たちはそのあまりの光景にショックを受けます。

地獄は物語などではなく、本当に実在するのだと、また、誰も死んだあとは地獄に行く可能性があるのだと強く感じたのでした。

当時のヨーロッパは第一次世界大戦の最中で、正に地獄のような日々を送っていた事でしょう。

聖母マリアはそんな時代背景の中、子どもたちにこう言いました。

「この戦争はもうすぐ終わりますが、もし人々が神に背向けるならば、次の教皇の在位期間中に再び戦争が起こる」

という事を。

やがて、聖母マリアの予言から1年後の1918年に第一次世界大戦は終りを迎えています。

そのことから、第一の予言は「第一次世界大戦の終り」を指すと言われているのです。

第二の予言

第二の予言は次の大きな戦争や飢えと言った人々に不幸が訪れる前に、大きな光が夜空に輝くのを見るでしょう。

それが神からの警告だと示したのです。

先に述べた第一の予言にも出てきた「次の教皇の在位期間中に再び戦争が起こる」というくだりですが、この次の教皇とはピウス11世のことであり、教皇が在位中の1938年のある夜、ヨーロッパ全域の空に赤いオーロラが出現したのです。

本来、オーロラが見えるのは北極圏だけですから、この時の赤いオーロラがどれだけ異常だったかが伺えます。

第二次世界大戦が勃発したのが1939年9月1日ですから、オーロラが出現した翌年に戦争が始まっている事になります。

このことから、第二の予言は「第二次世界大戦の開戦」を指すと言われているのですね。

第三の予言

問題の第三の予言についてお話ししていきます。

こちらの予言の内容については、聖母マリアが告げたように1960年まで公表してはいけないと封印されてきました。

そして、1960年をとうに過ぎた現在に至ってもローマ教皇庁によって未だに公表されていないのです。

人々は、第三の予言について不安を抱き様々な憶測が飛び交いました。

その内容は第三次世界大戦ではないかと恐怖する人もいるのです。

2回とも予言の内容が戦争だったのですから、第三次世界大戦ではないかって思うのは当然ですよね。

そんな人々の不安からか、事件が起きてしまいます。

20年以上経った、1981年にアイルランド航空便がなんとハイジャックされるという事件が起きています。

その犯人の要求が「第三の秘密を早く公開しろ!」という訴えだったのです。

当初、公開すると言った時から、既に20年の月日が経っていて、それは人の心理としてみたらどうしても知りたいという衝動に駆られますよね。

また、言いようのない不安を第三の予言に人々が抱き続けていたかを、象徴する事件だったんではないかと思うのです。

で、実際のところ、予言は公開されていないのですが、予言の公開を試みた事は過去にありました。

1960年代にヨハネ23世が第三の予言を一度閲覧したのですが、そのあまりの内容に絶句し再び封印しているという事実があります。

その後、次の教皇パウロ6世も再び封印を解き、内容を確認したがあまりの酷い内容に、

「この予言は絶対に世に出してはいけない」

とし、またしても再び封印された経緯を持っていたのです。

4回目以降の聖母マリアの降臨

聖母マリアは1917年5月13日に初めて姿を現した時に、毎月13日に同じ場所に来るように子供たちに告げてから、なんと合計6回も姿を現しています。

その中で3回目に現れた時に重大な予言をもたらしましたが、その後の4~6回までの降臨についても触れておきましょう。

4回目の降臨 1917年8月13日

この日は驚いたことに2万人近い人々が集まる騒ぎとなりました。

しかし、ルシア達3人の子供たちは世間を騒がせてしまった罪と称して、行政責任者の手により牢屋に監禁されてしまい不在だったのです。

しかし、3人の子供たちが不在の中。

2万人近い観衆は快晴にも関わらず、閃光がきらめき雷鳴が響き渡り、近くの木には白い靄がかかり空に上昇して消えていくという不思議な現象を目の当たりにしました。

5回目の降臨 1917年9月13日

この日は前回の2万人近い人々よりも更に多い3万人にもの人々が集まって来ていました。

その3万人の群衆の中には、この奇跡の謎を暴こうとする者も3人参加していたとも言われているのです。

聖母マリアの降臨が人々の関心をどれだけ惹きつけていたかがうかがえますね。

ルシア達は前回の牢屋からは無事に解放されて、5回目の降臨には姿を現しています。

時間は正午を迎えると、それまで輝いていた太陽が光を失い、辺りは黄金色の光に包まれたと言います。

辺りが光に包まれる中、空から卵型をした銀色の物体が現れて、ルシアのそばまでその物体が近づいてきたのです。

そして、靄がかかりその銀色の物体を包み込んで見えなくなった。

3万人の目の前でこのような不思議な現象が起きて、暫し皆がその出来事に心を奪われていると、次に空から綿のようなふわふわした物が降って来たのです。

その綿のようなものは、手で受け止めるとまるで雪のように消えたそうです。

なんとも不思議としか言いようがない出来事ですが、ここで卵型の銀色の物体」と言われたらUFOと想像しないでしょうか?

実際UFOが現れた時に、空から糸状の物体が降ってくることがあるのです。

これを「エンゼルヘアー」と呼んでいます。

これは貴重な「エンゼルヘアー」を捉えた動画です。

もしかしたら当日、3万人が目にしたふわふわしたものはこういう感じだったのかもしれませんね。

6回目の降臨 1917年10月13日

土砂降りのこの日が最後となる6回目の降臨でした。

噂は噂を呼び新聞記者や科学者を含め、10万人もの人々が押し寄せたと言います。

10万人という考えらないような大勢の人々の目の前でまたしても不思議な事は起きました。

柑橘系ともバラの香りとも言われていますが、甘い香りと共にまばゆい閃光が輝いたのです。

ルシア達は聖母マリアといつものように会話を始め、その会話が終わると・・・・

今まで土砂降りだった空は、窪地の上空だけ雲がなくなり雨が突然止んだのです。

そして、空には銀色の太陽が現れました。

銀色といえば思い浮かぶのが「UFO」ですね。

銀色の太陽は暫くの間、七色の光線を放ちながらグルグル回転を3回繰り返した後に、今度は赤い光を放ちジグザグと群衆の方に落下して来たのです。

「そりゃもう大騒ぎさ!」って状態ですよね。なんのこっちゃって事でしょうか。

それだけでも何が何だかの状態なのに、さっきまで雨に濡れていた服も地面も太陽が放った強烈な光により、一瞬にして乾いてしまっていたのです。

この銀色の太陽が放った七色の光は、ファティマよりも数十キロも離れた場所からも観測されています。

それだけ銀色の太陽が大きかったという事なのでしょう。

この不思議な現象を見た人々は、この世の最後が訪れたと思い、懺悔をはじめたと言われています。

この出来事は今でも語り継がれていますが、10万人もの人が同時にこれだけの現象を目の当たりにしたら、嘘ではないでしょうし、語り継がれて当然ですよね。

当然居合わせた新聞記者達もポルトガルのあらゆる新聞に大々的に掲載した経緯からも、当時の騒ぎの大きさを物語っています。

この出来事は、日本でも「ヨーロッパで聖母マリアの奇跡が起きた」と報道されています!

著者

ファティマの第三の予言と謎

第三の予言は聖母マリアがルチアに告げたように1960年になったら公表しても良いとなっていながら、未だに公表されていませんとしましたが・・・。

実は2000年に教皇庁は第三のメッセージを発表しているのです!

その内容は「1981年に起きたローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件」でした。

第一次世界大戦の予言と第二次世界大戦の予言に比べて、めちゃめちゃ規模が小さいといいますか40年もの間、隠匿されるほどの内容とはとても思えませんよね。

公開された「第三の予言」は一軍の兵士たちにより大勢の高位聖職者たちが消されるとあって、これまた1981年の未遂事件とは食い違いがあるとされ教皇庁の発表はウソではないかとされています。

よって、未だ「第三の予言」は未公開とされているのです。

ルシアや他の子供たちの行く末は?

ルシア、フランシスコ、ジャシンタはその後どうなったか気になりますよね。

実は、6月13日に聖母マリアが降臨した際に、ルシアとマリアの会話がその後の3人の行く末を示しているのです。

「私たちを天国に連れて行ってください」と聖母マリアにお願いしたルシアでしたが

聖母マリアは、

「フランシスコ、ジャシンタはまもなく連れて行きましょう。でもあなたはもっと長くこの世にとどまりなさい」

と言ったのです。

間もなくフランシスコ、ジャシンタはその予言通りにこの世を去りました。

残ったルシアはその後修道女となって、後世に聖母マリアか告げられた予言の内容を伝えるべく、役目を果たすと2005年2月13日に97歳で死去しています。

不思議ですがルシアが亡くなった日も13日なんですね。

また、ジャシンタの遺体は1935年と1951年に墓地から掘り起こされていますが、その顔は全く腐敗していなかったのです。

現在はファティマ大聖堂の中に安置され静かに眠っているとの事で、マリア様の元に行かれたのでしょうか。

まとめ

ポルトガルの小さなファティマという村で起きた3人の子供たちが聖母マリアから伝えられた予言と、数々の不思議な現象。

聖母マリアは何のためにこの世に降りて来たのでしょうか?

私たちの知っている聖母マリアはイエス・キリストの母でキリスト教においては神聖な存在です。

そんな神聖な存在の聖母マリアが、しかもUFOと思われる乗り物を従えて、まるで「聖母マリアの単独ライブ」のように現れるだなんて。

そして未だに公開されない第三の予言は、公表出来ないほど人類の存続が不可能なえげつない内容なのでしょうか?

実は一部で2039年に第三の予言が公開されるという噂もあります。

それは、第三次世界大戦の事なのか?UFOの地球侵略なのか?

謎は深まるばかりですが、人々がこれからも神に背くことなく罪を背負わないで生きて行くことで、平和な世界である事が一番大切なのではないかと思います。

「ファティマ第三の予言の真実」はむしろ今後も、公開されない方が人類にとっては幸せなのかもしれません。

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