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モアイ像はいつ、どのように作られたのか?イースター島の成り立ちとは? 

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モアイ像はいつ、どのように作られたのか?モアイ像の謎にせまる! 
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イースター島は、最も近い陸地が、西に2100キロいってやっと到達するという、絶海の孤島です。

とはいえ、皆さんが、イースター島といってまず真っ先に思い浮かべるのは、海の真ん中の辺鄙な場所ということではなく、やはりモアイ像でしょう。

日本人で、モアイ像の写真を見たことがないという人は、ほとんどいないと思います。

木もろくに生えていない、イースター島の海岸に立つモアイ像は、いつ頃、どうやって作られたのでしょうか。

モアイ像を作り出したイースター島の成り立ち

イースター島は、1722年、オランダ人の探検家が発見したのが、たまたまイースターの日だったのでイースター島と名づけられました。

もともと3つの火山の噴火によってできた島です。

この火山はかなり昔に、あれだけの島ができるのですからかなりの勢いで噴火したと思われるのですが、人が住み始めてからは噴火していません。

今は人口も増えつつあるようですが、赤道から少し離れているのでココナッツはうまく育たないし、サンゴ礁も少ないため魚もあまりいないところです。

風がとくかく強いし、雨もあまり降らない場所なので、真水は少ないし、冬は寒いです。

ええ、そんなところにたくさんの人がすめるの?

バケオ

そんな疑問をもっても不思議ではないくらい、人が住みやすい環境とはとても言えない中で、いつ、どうやってモアイ像ができたのでしょうか?

モアイ像を作る前のイースター島

いつから人が住み始めたのかというと400年か500年ころとも800年ころとも諸説あります。はっきり何年かは不明です。

800年くらいなら、日本では平安時代です

著者

そのころ日本でも、船で中国や朝鮮半島に行っていましたが、最初にイースター島を発見した人は、本当にそこに島があるとわかっていて、2000キロ以上も船で海を渡ったのでしょうか。

船だって今と比べればかなり頼りないものだったでしょうに、よく太平洋を渡ったなと思います。

イースター島の伝説では、一組の一家が上陸したのが最初となっています。

これが事実だったとしても、最初に上陸した人たちは、本当にイースター島を目指していたのでしょうか。

それとも実は遭難して偶然たどり着いたのか、今となっては誰もわからないです。

ただ一つ言えるのは、最初に上陸した人がみたイースター島は、今のように植物もあまりなく、鳥は鶏しかいないというイースター島とは、全然違ったということです。

そもそもイースター島はどうやってできたのでしょうか?

火山の噴火です

バケオ

火山の噴火というと、異常気象だの火山灰だのが浮かぶ方も多いと思います。

浅間山の大噴火が、江戸時代の大飢饉を引き起こしたのは、歴史の事実です。

一方、実は悪いことばかりではなく、火山から出てくる堆積物が、実は栄養分もかなりもたらしてくれます。

その堆積物のおかげで、本来は植物の成長にとって必要な栄養たっぷりの土地だったのです。

ですから、まだ人が住む前の、初めてイースター島にたどり着いた人がみた光景は、亜熱帯性の木が生い茂り、多くの種類の鳥が住む光景でした。

その証拠に、人が住み始めた最初の頃の貝塚からは、25種類くらいの鳥の骨が発見されています。

鶏しかいない今のイースター島と一緒にしてはいけません。

その他にも、イースター島の近くでは取れないイルカや魚の骨も発見されています。

その頃は大きな木から作った、丈夫な船で、少し遠くまで魚を取りに行けていたのです。

18世紀は水漏れのする船しかなかったことを思うと、素晴らしい技術です。

それくらい豊かだったイースター島が、なんで今のような状態になってしまったのか。

実は、モアイ像が深く関係しています。

モアイ像はなぜ作られたのか

人が住み始めたころのイースター島やとても豊かでした。

豊かなので、人口も増え、ポリネシア圏で唯一文字を持つほど文化的にも発展していたのです。

豊かになると、できるのが身分というのは、古今東西変わらないようで、イースター島の社会も、首長と平民に分かれていました。

発掘された住居跡を見ればその差は歴然だったようです。

人口が増えたイースター島の人々は11か12の部族に分かれて生活をしていました。

それぞれの部族には、部族ごとに首長がいて、みなをまとめていたのでしょう。

やがて首長たちは、それぞれで自分たちの部族のために、台座を作り、モアイ像を立てるようになりました。

モアイ像の土台の裏には火葬をするための炉があり、遺骨も多数埋葬されているので、死者を弔う儀式用に作られたと思われます。

ただ死者を弔うためだけのものであれば、よかったのですが、やがてそれが悲劇を生み出すようになるのです。

モアイ像はいつ頃作られたのか

正確な年代は不明ですが、7世紀から8世紀ごろ、土台が作られ始めました。モアイ像は10世紀ごろから作られています。

その頃のイースター島は、大きな木が豊富にあり、鳥もたくさん飛んでいて、大きな船で漁にいくことができた時代です。

まだトラックもクレーンも当然ありませんので、運ぶのは大きな木を何本も地面に並べ、樹皮でできた丈夫な縄を使って運んでいました。

12トンのモアイを運ぼうと思ったら、60人がかりで1日5時間かけ、1週間後にようやく15キロくらい移動できるそうです。

イースター島は急な山の斜面があまりなく、比較的なだらかな島なので、それもできたのでしょう。

とはいえ、多量の木材と、人手と、それだけの人に働いてもらうだけの食料と水がなければできないというのも確かです。

今のようにほとんど木がなく、島で生産できる食料も真水も乏しいイースター島では、できるはずがないもの、ということになります。

モアイ像が作ることができた期間

モアイ像作成の歴史は、けして短くはありません。

いつ終わったのかが正確にわかってはいないですが、最後に制作されたのが17世紀ごろなので、800年くらいで突然終焉を迎えました。

最初の頃のモアイ像はそれほど大きくありませんでした。

死者を弔うためや、先祖をたたえるためという目的だったので、過剰につくることはなかったのです。

しかし、やがて部族の間で、大きさや数の優劣を競うものとなっていったのです。

そうなると隣の部族よりも大きなモアイ像を作ることが目的になります。

そのため最後のほうになると、モアイ像は大きな帽子をかぶるようにもなりました。

どこよりも大きなモアイ像を、自分たちの部族は作ることができた、とほかの部族に示したかったのです。

作りかけで放置されているモアイ像の中には、当時の技術ではとても運べるはずのない大きさのモアイ像もあります。

問題は、モアイ像を運ぶのに、すごい数の木が必要だったということです。

木が育つスピードより速く、木を切りたおせば、島に生えている木は減っていきます。

そうなるとモアイ像を作るのも、ただ大きさと数を競うだけではすまなくなってきます。

残り少なっていく、木や、食料が、島のすべての部族にいきわたらなくなっていくのです。

そんなことになったら、争いになっちゃう

バケオ

そうです。

結果的に争いに発展していきました。

壊されているモアイ像が少なからずあるのは、それが原因の一つと言われています。

そして、モアイ像を運ぶ木がなくなってしまったとき、作りかけのモアイ像はそのまま打ち捨てられました。

およそ880体のモアイ像が彫られ、その半分は作りかけです。

作りかけのモアイ像のまわりには、石のノミなどの道具が散乱しています。

ある日突然、できなくなったことを今に伝えているかのようです。

モアイ像以後のイースター島

木がなくなってしまった大地のあとは、強い風がふきっさらしになります。

木を住みかとする海鳥はいなくなってしまいました。

材料がなくなってしまったので、カヌーもまともなものが作れません。

そうなると食べるものが足りなくなってしまいます。

当然、起きるのは食料の奪い合いです。

もっとひどい争いになってしまうね

レベッカ

結果、社会は崩壊してしまいました。

かなりひどい殺し合いもあったようです。

その中で生き残った人の手により、鶏小屋は増えました。

イースター島で栽培することのでいるサトウキビやイモ類を育てて、食いつないできた人のもとに、ヨーロッパ人がやってきたのです。

今でも、イースター島にはほとんど木はありません。

イースターとは、キリストの復活の日ですから、祝福の日の名前を持つにもかかわらず、荒涼として風景になってしまいました。

死者や先祖を祭るためにできたはずのモアイ像は、島の環境を激変させてしまったのです。

まとめ

熱帯の森が、モアイ像をめぐり争いにより、なくなってしまいました。

目先の勝敗や華やかさにばかり目が行き、目には見えないが大切にしなければならないものがわからくなった時、突然悲劇は訪れるのかもしれません。

モアイ像が作られた期間は、800年くらいと決して短くはないです。

森も突然なくなったわけではないでしょう。

どこかで本当に大切なものに気が付くことができないと、取り返しがつかないことになることを示しているのかもしれません。

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